彼のこだわり

 僕の友人の中には随分と変わったのもいます。ただ、自分ではそう思っていないことが、そんな友人たちの共通点でもありますが。
 そんな一人にAという人間がいます。厳密に言うと、いました。
 彼は言います。
 「俺はコーヒーだけはうるさいんだよね。」
 そのことに疎い僕は彼に尋ねます。
 「へえ、豆はどこのがいいの」そのくらいのことは僕でも聞けます。
 「うん、お店で売ってるヤツさ」彼は得意気に応えます。
 「銘柄とかは」さらに続けます。
 「別に何でもいいけどね」
 えっ、こだわっているんじゃないの。思わずつっこみたくなるのをぐっと抑えて、次の言葉を待ちます。
 「豆を買ってきてね、それをコーヒーミルで挽くんだよ」
彼はその専門的な言葉に、どうだと言わんばかりです。
 「で、豆の挽き具合は」僕もしつこく尋ねます。
 彼は驚いたように僕を見つめると、
 「そりゃ、細かくなるまでに決まってるだろう」と、あきれたように言い返します。何を馬鹿なことを聞くんだと、その目は少し怒っています。
 「それから」僕はもうさらりと聞き流します。
 「それをコーヒーメーカーに入れ、スイッチを入れるんだよ。そして、出来上がるのをじっと待つんだよ」彼は満足そうに語ります。
 「器はやっぱり温めておくのかい」いい加減あきれています。
 「お前って随分、こだわるんだね。コーヒーは熱いに決まってるからそんな面倒臭いことはしないんだよ」。だって、こだわっているっていったのは、お前だろうが。思わず言葉に力が入ります。
 「それから…」
 「マグカップに入れて、ゆっくり飲むんだよ。いいか、あわてるな、ゆっくりだぞ…火傷するからな…」
 僕は思わず言葉を失います。
 彼はそう言うと思い浮かべるように眼を閉じました。あの姿は今も鮮明に焼きついています。
 彼のこだわりって一体なんだったんでしょう。わかりました。ゆっくり飲むことだったんですね。
 今頃、彼はどこかで熱いコーヒーをゆっくり飲んでいるんでしょうか。火傷しないようにね。

my essay

その2